「デジタル分野の競争力の弱さが経常収支に大きく影響している」。慶応義塾大学の菊澤研宗教授が3月2日、情報サービス産業協会(JISA)主催の講演会「企業変革の挑戦」で、日本のIT企業の弱体化を問題視した。クラウドビジネスに出遅れたことで、デジタル関連の国際ビジネス収支が22年に約4兆7000億円の赤字になったこと。IT企業の構造転換の問題が改めて表面化した。
確かに、多くの受託ソフト会社がITシステムを作り、納品するというSIビジネスを続けている。菊澤氏は、SIビジネスをIT産業における低位と位置付けている。そこで、DX支援に向かうとするが、そこはSIビジネスの延長線で、やがて淘汰されるとし、菊澤氏はデジタイゼーションの技術を使って、SaaSへ進むことを提案する。SIビジネスからクラウドビジネスに構造を転換するということだ。
問題は、「SIビジネスの損失になる」と、クラウドビジネスに移行すると、資金と人材、顧客のカニバリゼーション(共食い)が発生すると、SIビジネス堅持派が抵抗すること。菊澤氏はそれでも、「新規ビジネスに投資しなければ、機会損失が大きくなっていく」と主張する。
この発言に対して、野村総合研究所研究理事の小粥泰樹氏は「業務知識が乏しい中で、いきなりSaaSをやるのは抵抗感がある」と反論する。まずはDX支援の実績とスキルを磨き上げてから、SaaSへと進むべきだという。一理あるように思えるが、多くのIT企業はSAPなど海外製パッケージソフトをベースにするシステム構築に軸足を置いている。そこでのカスタマイズで収益を確保する作戦だが、海外ITベンダーは標準仕様のSaaSへと舵を切ろうとしている。つまり、カスタマイズが激減することを意味する。大手はまだしも、中堅・中小は厳しさを増すことになるだろう。
日本電子計算顧問の山田英司氏は「DXは、IT業界のチャンスを拡大する」と、DX需要に期待する。ユーザーに言われた通りのモノ作りは衰退していくので、クラウドとアジャイル、デザイン思考などのスキルをつけることが肝要だという。多くのIT企業がDX需要の拡大に歓迎しているが、小粥氏は「DXの本質を考えること」と、今の取り組みを疑問視する。本当にトランスフォーメーションができているかだ。言葉が先行し、先端のイメージだけを取り込むとしていないのか。目先の利益に追われていると、DXブームが去った後、目指す道をしっかり描けていなければ、淘汰の波に飲み込まれるだろう。
菊澤氏は、もう1つ課題を提起する。効率化ではなく、生産性の向上を図ることだ。利益を追求する効率化は、従業員らの賛同を得られないし、仕事への取り組み姿勢にいい影響を与えないという。一方、生産性は、売り上げを伸ばし、イノベーションを起こしていくことになる。「この人についていこう」と思わせられる経営者の魅力もいる。TDCソフトの小林裕嘉社長も「事業は拡大する」と、楽観的な見通しを語る。理由の1つは、技術を売ることから、オファリングになるからだという。例えば、ファイアウールを売ることから、セキュリティを売るといったイメージ。なので、自律的、自発的に動き、オファリングを提案できる人材を育成、採用するという。(田中克己)