2023年1月5日から8日までの4日間にわたって、米ラスベガスで開催されたデジタル技術見本市CES2023で、スタートアップ約1000社を含めた約3200社のデジタル企業らがモビリティやデジタルヘルス、メタバースなどの最新技術、製品、サービスをアピールした。デジタル技術の活用やビジネスモデル、産業動向をつかもうと11万5000人が会場やカンファレンスに参加するなど、コロナ直前のリアル展示CES2020に比べて、出展社数が約1000社、来場者が6万人程度、それぞれ少ないものの、完全に回復したように思えた。CES2020に約1000社出展した中国企業が激減した一方、韓国のスタートアップらの増加が際立った。CESの中心的な存在だった自動車関連のメインにCES2023の会場を見て、感じたことをまとめた。
主催のCTA、「世界最大級の自動車ショー」と主張
CES主催者のCTA(全米民生技術協会)は、約300社の自動車技術関連企業が出展したCES2023を、「世界最大級の自動車ショー」と、位置付ける。確かに、2016年1月のCES2016頃からパソナニックやソニー、サムスン、LGなどの家電から、ゼネラルモーターズ(GM)やトヨタ自動車、BMWなどの電気自動車(EV)や自動運転など次世代カーと、その先端技術の開発を競い合うなど、主役交代を感じさせた。
CES2023でも、BMWやメルセデス・ベンツ、GM、Volvoなどが自動運転など次世代カーを現実化したものを出展する。たとえば、メルセデス・ベンツは1回の充電で1200㎞程度走行する新しいEVを、現代モービスは風力の利用や二酸化炭素排出ゼロへの取り組みを紹介する。
ソニーグループはホンダとの合弁会社ソニー・ホンダモビリティのEV試作車を、2025年前半に受注を開始すると発表した。
レーザー光を使ったセンサーのLiDARなど自動車部品を展開するフランスのヴァレオは、世界初公開の「パントマイム」と呼ぶ技術を使った警察官などによる「右に曲がれ」といった通行の誘導を判断する自動運転に欠かせない技術を披露した。車のフロントカメラが服装とジェスチャーから警察官を認知する仕組みだという。
だが、筆者には自動運転など次世代カーへの旅路は、レベル4の到達などによって終わりに近づいているように思えた。1月4日にあったソニーグループの吉田憲一郎会長兼社長とソニー・ホンダモビリティの水野泰秀会長兼CEOの記者会見からも、驚くべき発言もなかったし、同社ブースに展示した新しいEVの説明もなかったような状況(筆者の訪問時)。3年前のCES2020のコンセプトカーから、大きく性能向上しているのだろうが、EVは誰にでも作れる時代になってきた。たとえば、5年前に設立したベトナムの自動車メーカー、VINFASTは1回の充電で280㎞走行できる5万ドルのEVを出展する。もちろん同社も自動運転の開発に取り組でおり、多くのEVメーカーはレベル5の道と、実現の課題解決策を理解しているはずだろう。
BMW AGのオリバー・ジプセ会長兼CEOの1月5日の基調講演に登壇した俳優のアーノルド・シュワルツェネッガー氏は「1970年代、80年代のSFが実現した」と、BMWの取り組みを称賛する。「ターミネータ」など数々の映画の中で演じた自動運転車や車内エンターテインメント、車と人のコミュニケーションがリアルになったということだろう。ジプセ氏も、「現実と仮想の区別がつかなくなる」というビジョン、デジタル・ドライビングマシンを発表する。
しかも、BMWはソフトすべて自社で作ることを強調する。背景には、2016年頃から言われ始めたソフトウエア・デファインド・ビーグル(SDV)、つまり車はソフトで定義されるものになったということ。別の言い方をすれば、車作りはエンジンなどのハードウエアから、ソフトウエアやサービスになり、その開発力と収益を得るビジネスモデルへシフトしたということ。だが、BOSCHなどがCES2023でも、SDVを前面に打ち出す展示に、大きな進歩を感じさせなかった。車市場への参入を噂されているアップルは、新たな価値をまだ見えだせなかったのか、会場に姿はなかった。2020年にコネクテッド・シティ・プロジェクトを発表したトヨタ自動車も出展を見送ったのは、新しい機能などを打ち出せなかったように思える。
そこにチャンスを見出したのが、アマゾンやグーグルなどビックIT企業だろう。彼らは自動車メーカーと連携を強化し、クラウドや地図などを駆使し関係するデータを収集、分析しようとしている。モノや人がすべてつながる時代のビジネスを勝ち取る作戦だろう。この数年、CESへの展示を見送っていたマイクロソフトも、クラウドインフラやコミュニケーション、セキュリティなどの技術を活かそうと、モビリティのZFなどとの協業やモビリティ・ビジネスの展開を展示する。GMやベンツなどとのクラウドサービス、SDVなどでの協業も発表するなど、マイクロソフトは自動車関連企業に深く入り込んでいるように見えた
自動車の次は、人間の安全保障?
自動車は提供するサービスと価格の勝負になってきたともいえそうだ。そんな自動車に、取って代わるCESの主役がそろそろ欲しくもなってきただろう。ヒントは、CES2023のテーマ「万人のための人間の安全保障」にありそうだ。食料の安全保障や医療へのアクセス、環境保護、個人の安全、スマートシティのインフラ、持続可能なエネルギーなどのことで、たとえばBMWのジプセCEOは基調講演で、「100%の循環型社会を目指す」と、限りある資源の有効活用、リサイクルに進むとする。クリーンカーということだろう。
農機具メーカーの米ジョンディア会長兼CEOのジョン・メイ氏がCES2023で基調講演したことも、食料の安全保障に強く関係あるように思える。同社の説明によると、世界人口が2050年までに20億人増えて100億人弱になると、農業耕地の生産量を今より60%、70%増やす必要がある。水や肥料などの問題解決も迫られる。そこで、農機具の騒音やエネルギー排出量の大幅削減や、センサーやロボットなどの技術を駆使した商品の開発などに取り組むという。農業の支援、育成は各国の優先課題であることに間違いはない。
「万人のための人間の安全保障」には、障害者コミュニティの支援も含まれるとし、CTAはアクセシビリティ技術の重要性を説く。たとえば、フランスのOKIDIAはうつ病などによる集中できない子どもをAIによって診断する仕組みを発表。ビデオゲームを使って、目の動きや高揚などから診断し、患者と医師など専門家をつなぐ。日本のLooVicは、何度も通った道を覚えられない空間認知の子供らに、骨伝導イヤフォンとアプリを使って目的地にナビ通りに着けるサービスを紹介。その仕組みを、観光地や美術館などのコンテンツを作成する企業にプラットフォームとして提供もする。日本のAshiraseは同じような視覚障害者向け歩行ナビゲーションシステム 「あしらせ」を展示する。靴に装着する振動装置が「右に曲がれ」、「左に曲がれ」と、ルートを振動で足元に直感的に伝え、設定した目的地に到着させる。2023年1月からテスト販売を始める。米Eargoは軽度からの難聴者向けの新しい補聴器を提示する。1回の充電で16時間稼働し、小売店から購入できるのが大きな特長だという。
有力候補に浮上する宇宙関連事業
宇宙も有力テーマの1つに思える。実は、ソニーの吉田社長は記者会見の最初に説明したのが、超小型人工衛星の打ち上げだった。同社によれば、宇宙から地球や月などのライブ映像を見たり、撮影したりするもので、東京大学とJAXAと連携し、人工衛星や地上システムの開発と運用、さらに宇宙感動体験の事業化を目指すという。
宇宙関連に取り組む日本のスタートアップもいた。JETROが支援するJスタートアップの資料によると、2020年に創業した東京大学発のPaleBlueが安全無毒の水を推進剤とした持続可能な小型衛星用推進機の技術革新と社会実装に取り組んでいることを紹介する。小型衛星実用化の課題となっている推進機に技術革新を起こすことで、次世代の宇宙モビリティインフラ構築の実現を目指すという。もう1社は、衛星データとAIによって人類の様々な活動や自然環境の利用の最適化を図るJAXA公認のスタートアップ、天地人だ。作物ごとに最適な生産地を見つけ、また衛星データを使って適切に耕作を管理することで、環境負荷が少なく、農家の収益性が高い農業を作り出すもので、すでに米の生産と販売に活用する。残念ながら、筆者はその説明を聞いてはない。
最後に少し違った視点からの、日本企業の変化を指摘する。大手企業が協業したスタートアップの技術を応用した商品やサービスを展示したことだ。自前主義から真の協業への変革を感じさせる。たとえば、旭化成のブースはプリファード・ロボティクスの自律移動AIロボットを活用した非在宅時の宅配物受け取り・発送システムを展示する。宅配物の盗難や空き巣などマンションの防犯に活かすもの。ちなみにプリファード・ロボティクスはAIベンチャーのプリファード・ネットワークスからスピンオフしたロボット開発のスタートアップ。石油製品のENEOSは米GRCのサーバー冷却装置を展示する。グーグルなどのデータセンターにも利用されている油による冷却装置で、ENEOSは油をGRCに供給し、グローバルでの協業を推進する考え。
パナソニックは4年前に傘下に入れたShiftallのVRヘッドを紹介する。B2Cメタバースを狙ったVRで、CESで5.2K有機ELディスプレイを搭載した300グラム超の軽量VRヘッドセットを発表した。社長の岩佐琢磨氏が創業したライブ配信機などを製造・販売するセレボの一部を買収した形だという。コンセプト中心に見えたパナソニックのブースの中で、活気も感じた。
2024年1月9日から開催されるCES2024、主役の姿はみえているはずだ。